三毛猫に教えられた「幸せ」

2021年2月2日

はじめに

 

こんにちは。ガブリエル・クロです。ご無沙汰しております。

ここ10日ほど、身辺に慌ただしいことがあって失礼している間、またも…いろいろ気づきがありました。

 

今年2019年は、私にとって最初から最後まで「気づき」の1年で、充実した年だとつくづく感じています(まだ進行形^^)。

皆さまには、どのような1年でしたでしょうか。

 

 

冬至も過ぎ、昨日はクリスマス・イブでしたね🎄。

クリスマスには全く縁のない私ですが、入院している友人のお見舞いに行って来ました。

 

内臓系の病気ではないので、何か気持ち温まる物を、ちょっとだけ持参して🧁🍰。

(あ、禁止なの🤫?)

 

伏せっていると、ちょっとした雑音も大音量と感じてつらいようでしたが、友人も発想を変えて

「耳が聴こえているという幸せ❣️」と捉えているとか。さすがです!

 

日に日に元気そうになっている彼女の顔を見て、ホッとしました。

三毛猫の病状

またもや体験談中心なので、面倒な場合は、遠慮なく飛ばしてお読みくださいね🙇‍♀️。

 

さて…。

ご無沙汰していた間、友人の入院と重なるかのように、私の飼い猫まで入院するという事態に陥り、実は、かなり落ち込んでいました。

 

入院となったのは、5匹の猫のうち、以前から私のネガティブ意識の解放に貢献してくれている、あの三毛猫です。↓

 

何度か記事に書いていますが、そもそも便が硬い子で、今年は1月からずっと便秘に悩んでいました。

あれこれ何度も獣医にかかってはいたものの、どうも、体質的なことだけでなく骨盤が狭い…とかで、そう言われると、どうしようもないのかな?と。

 

さらに、処方された薬自体を吐き出す子です。悩みました。

加えて尿の方まで粗相するようになり、食欲不振が続きまるで昨年までの三毛猫とは、顔立ちも体格も別猫のようにゲッソリしてきたことで、さすがにコレはおかしいと、別な獣医にかかることに。

 

(🐱2年前。人懐こく、お客さまにもゴロンとお腹を見せる猫でした。↓)

その日は、一気に悪くなった感覚があり、獣医に行く前から入院だろうと予想していました。

なぜここまで放置していた? いや、放置はしていなかったよ、判断ミス。獣医選びでしくじったんだよ……。

心の中で、自責の念と言い訳とを繰り返していました。

案の定、血液検査の結果はかなり深刻な数値。エコー検査、レントゲン検査では濁った腹水が溜まっているようで、胃にもカゲが映っており。

 

FIP(猫伝染性腹膜炎)か、リンパ腫か。重大な2つの病気の可能性を説明され、呆然。

前動物病院の獣医師に「FIPではない」と診断され安堵していたのですが、FIPは診断が難しいので再度、確認したいということでした。

どちらの病気でも生命の危険が、、、ということで即入院。猫も私も、絶体絶命というような状態に陥りました。

特にFIPですと伝染性ですから、他の猫たちにも伝染している可能性もあり、とんでもないことです…。

 

この状況は、2年前、母の倒れた日と同じパターンです。

気づかないまま悪化させてしまった、私の責任。また同じことをやっちまったか、自分💢!

 

そもそも猫は、よく吐くことは吐くけれど、それは、この猫のような嘔吐とは違う。

嘔吐ということ自体が、不調のシグナルだったんだよ💢! 大事な猫に、なんてことをしたんだよ💢自分!

 

半年前の私なら、ここで「罪悪感」に思いっきり浸って前に進めなくなるのですが、今年はそこは十分学び、「罪悪感」は卒業しました。

 

罪悪感などのネガティブ意識に囚われると、ロクなことはないということを、痛い思いをして学びました。

今はもう、気持ちを立て直して「私がやれることは全てやります!」と宣言。その上で、天に、神に、宇宙に、奇跡を祈ることに🙏

 

そんなふうに切り替えて、エリザベスカラーを初めて付けた痩せ細った三毛猫を置いて、やっとのことで帰宅しました。

 

しかし、あの子は死ぬわけは無い❗️ また、おそらくFIPでは無い❗️これらを、根拠もないのに、なぜか確信していました。

(🐱すでに元気のなかった時期の三毛猫↓)

 

失ってから気づく「幸せ」でいいのか

とは言え、心は揺れます。

電話で、猫友さん相手に泣き言を言ってみたり、動物病院で働いた経験のある友人にLINEで相談したり、その晩は、心が千々に乱れました。

 

そして、あの子が死ぬなら私も生きていられない、というおなじみの思考パターンが現れそうになりました。

 

切り換えました。「あの子がたとえ亡くなっても、私は生きていく。」しかし、強い心の痛みを抱えて生きるんだろうな。

「ああ、あの時、あの子が元気でいた頃は本当に幸せだった…」などと嘆きながら生きるんだろうな。

 

失いかけて初めて、あの頃の「幸せ」を強烈に懐かしむのか? 「幸せ」とは、失ってからしか気づかないものなのか?

実際、父の死の際にも母を看取る際にも、古くは初代猫、2代目猫の見送りの際にも、似たような体験と似たような感情を味わっていました。

私は「死別」に弱いのです。

どなたも多少なりそうでしょうけれど私の場合、失って初めて父母への情を知り、猫の愛しさを再確認し、後悔ばかりでしたから…怖いのです。

 

でも、それはどこか間違えています。

手遅れになって何か気づくのではなく、そこを今世は予めスッキリ気づき、乗り越えることも意図してスピリチュアルの学びを続けてきたはずでした。

 

2019年の末になって、三毛猫がその問題を表面化させてくれたと感じました。

三毛猫と私は連動している、彼女は身体を張って「飼い主よ、今度は恐怖という意識の解放を学べ❗️」と言ってくれているようでした。

 

(🐱3年前、ふっくらプックリしていた頃の三毛猫と先輩猫↓)

 

深夜、ガイドに訊ねたこと

幸せ」とは、何でしょうか。失ってから、あるいは失いかけてやっと気づくものでしょうか?

もしそうなら、人生、お先真っ暗、幸せ先細り…しかないことになります。

アレもコレも持っていた、そろっていた時は気づかず無くして初めて、その大切さに気づく…?

「そんなの嫌だ〜!」と、三毛猫を失う想像をして「恐怖」が表面化しました。まだ、5歳2ヶ月の猫です。

 

( 🐱2年前。お風呂場でくつろぐのが好きな三毛猫↓)

 

そんな日の夜、いつものように就寝時に、スピリチュアルガイドに訊ねました。

「幸せを、失うことで気づくのではなく、今すぐ感じるために、何を心がけたらいいのでしょうか?」と。

すると、返ってきた答えは大きく2点でした。

「その都度その都度、すでにある環境、起きている出来事に対して、それは有り難いことなのだと知ることです。当然ではなく、すべては有ることが奇跡、つまり有り難いのです。常に感謝の思いを忘れないでいましょう。

もう一つは、

今ここ…について、そろそろ知る時期です。大事だと気づきながらスルーしてきましたよね。今ここ、それが鍵です🗝」という内容でした。

 

そうか! すべては「有り難い」=「奇跡」なんだね。だからこそ「感謝が大事」と言われるんだよね🤔。

 

上から目線で意味も分からず「感謝しろ」と言われると、ナニサ🗯!と反発しそうになるけれど、有り難いことに気づけば、自然に感謝が湧き起こるんだね❗️

 

誰でもが言いそうな内容でしたが、ガイドが言うなら……と深く納得し、三毛猫と会えた幸せを喜びながら、また快復を祈りながら眠りました。

「今ここ」について学び中

さらに、分かるようでまだ腑に落ちていなかった「今ここ」の意味について、なぜそれが重大なのかについて、今更ながら学んでいるところです。

 

まずは、ずいぶん前に買っていたエックハルト・トール氏から。毎日通った三毛猫の面会の待合室にて、じっくり読みました。

動画もたくさんあるようです。楽しみに観たいと思います。

(たいへん失礼ながら…なかなかお茶目な紳士です(⌒-⌒; ))

コレも、ずいぶん前に買っていたことを思い出しました💦

勉強途上の、この段階で気づくことですが、いわゆる「今ここ」…の “ 今” は時間のことではなく、“ ここ”も空間のことではなく、「ゼロポイント」?とでも言う「地点」なのだろうということです。

 

別なある晩、またガイドに訊ねました。「“ 今ここ” の地点(仮に“地点”と言っています)には

すばらしいエネルギーが満ちているらしいけれど、どんな感じですか?」

 

すると送られてきたのは、私の頭上に、一本の光の柱が立つイメージでした。あるいはスポットライトを浴びているかのようなイメージでした。

 

“ 過去や未来は幻想だ” 、と言いますが、過去も未来も一緒になって渦巻いて輝いているイメージでした。

その感覚はとてもパワフルで、興味深かったです☺️。

 

その“地点”においては、安心して “ 幸せ” であることを確信できるのでした。

言葉が熟しませんが、さらに学びを深めて、また書こうと思います🙇‍♀️。

まとめ…幸せは意識しだい

こうして、三毛猫の重大な病気をきっかけに、最後と思いたいネガティブ意識=「恐怖」を解放するため、自分にできることはすべてします❗️と天に宣言したのです。

その後、あれこれと手を尽くし、入院後1週間経ちました。

 

計4回の採血で、特に2回目はもの凄い炎症反応数値(白血球の数値)になっていました。

ステロイドの使用タイミングかも、輸血が必要かも、など獣医さんも顔を曇らせていたのですが……。

 

その時、恐ろしい数値を見せてもらいながら、でも私は「体内で白血球が懸命に戦っているんだよね(涙)」と捉えました。一時的な数値だろうと…。

 

8日目に面会に行った際、もう食欲、便も尿も心配なさそうだ、抗生剤がよく効いた、恐ろしい病気の可能性はおそらく無いだろう…との診断が出ていました!

なんと、もう退院でいいですよ…となりました(*´ω`*)!

「え? もう帰っていいんですか?」……みたいな😳! 何が起きたのでしょう?

 

無事に三毛猫は、家に帰ることができました。獣医さん、宇宙さん、本当に有り難うございます❗️

私がしたことと言えば、今回はもうダメだと思ったけれど諦めなかったこと。

ネガティブ傾向の強い報道やニュース、世間話などのあれこれを、一切スルーしたこと。

ひたひたと迫りくる恐怖心をジャッジせず抱きしめ、解放、手放しに努めたこと。

 

「今ここ」の意識を持つことに努めたこと。「幸せ」は過去や未来にあるのではなく、今ここで体験できるのだ、と確信したこと。

 

さらに、日本の神さまへの祈りと密教系のご真言とポジティブなアファメーションを、自分自身と猫の写真に浴びせ続けたこと、でした。

 

今もスヤスヤと、側で眠っている三毛猫。

1週間後に受診、経過観察は続きますし、もしかしたら再発も有り得るのでしょうけれど、きっと持ち直して長生きしてくれるだろうと思います😺。

 

必ずや意味があって縁があって、飼い主のところにやって来る、猫や犬、ペットたちです。

何気なく健康に無事に過ごせている、毎日の生活の中にこそジンワリ染みるような幸せがあります。

 

もりもり食べているのを見るだけで、ダッシュで走り回れるのを見るだけで、硬くもなく柔らかすぎもせず排便💩できるだけで、滞りなくしぶりもなく排尿できるだけで、とても幸せだと知ることです。

 

(🐱脱水症状もあり痩せて寒そうなので、知人に勧められて、試しにあたたかいフリースを着用。静電気でちょっと無理でした、残念💧)

最後までお読みくださって、有り難うございます。

小さな出来事からも感じられる「幸せ」が、皆さまにもペットさん達にも、外で生きている猫さん達にも、あらゆる生きとし生ける存在たちにたくさん降り注ぐ1日でありますように💫

 

皆さま、今日もどうぞ良き日をお過ごしください💞