三毛猫に教えられた「幸せ」

2020年1月9日

はじめに

 

こんばんは。おはようございます。

5ネコの母、MA-SA(マーサ)順子です。

ご無沙汰しております。

ここ10日ほど、身辺に慌ただしいことがあって失礼している間、

またも…いろいろ気づきがありました。

 

今年2019年は、私にとって最初から最後まで「気づき」の1年で、

充実した年だとつくづく感じています(まだ進行形^^)。

皆さまには、どのような1年でしたでしょうか。

 

 

冬至も過ぎ、昨日はクリスマス・イブでしたね🎄。

クリスマスには全く縁のない私ですが、

入院している友人のお見舞いに行って来ました。

 

内臓系の病気ではないので、

何か気持ち温まる物を、ちょっとだけ持参して🧁🍰。

(あ、禁止なの🤫?)

 

伏せっていると、ちょっとした雑音も大音量と感じて

つらいようでしたが、友人も発想を変えて

「耳が聴こえているという幸せ❣️」と捉えているとか。

さすが!

 

日に日に元気そうになっている彼女の顔を見て、ホッとしました。

 

 

三毛猫の病状

またもや体験談中心なので、

面倒な場合は、遠慮なく飛ばしてお読みくださいね🙇‍♀️。

 

さて…。

ご無沙汰していた間、友人の入院と重なるかのように、

私の飼い猫まで入院するという事態に陥り、

実は、かなり落ち込んでいました。

 

入院となったのは、5匹の猫のうち、

以前から私のネガティブ意識の解放に貢献してくれている、

あの三毛猫です。↓

 

何度か記事に書いていますが、そもそも便が硬い子で、

今年は1月からずっと便秘に悩んでいました。

あれこれ何度も獣医にかかってはいたものの、

どうも、体質的なことだけでなく骨盤が狭い…とかで

そう言われると、どうしようもないのかな?と。

 

さらに、処方された薬自体を吐き出す子です。悩みました。

 

加えて尿の方まで粗相するようになり、食欲不振が続き

まるで昨年までの三毛猫とは、顔立ちも体格も

別猫のようにゲッソリしてきたことで、

さすがにコレはおかしいと、別な獣医にかかることに。

 

(🐱2年前。人懐こく、お客さまにもゴロンとお腹を見せる猫でした。↓)

 

 

 

 

 

その日は、一気に悪くなった感覚があり、

獣医に行く前から入院だろうと予想していました。

 

なぜここまで放置していた?

いや、放置はしていなかったよ、判断ミス。

獣医選びでしくじったんだよ……。

心の中で、自責の念と言い訳とを繰り返していました。

 

案の定、血液検査の結果はかなり深刻な数値。

エコー検査、レントゲン検査では

濁った腹水が溜まっているようで、胃にもカゲが映っており。

 

 

 

 

 

FIP(猫伝染性腹膜炎)か、リンパ腫か。

重大な2つの病気の可能性を説明され、呆然。

 

前動物病院の獣医師に「FIPではない」と診断され

安堵していたのですが、

FIPは診断が難しいので再度、確認したいということでした。

 

どちらの病気でも生命の危険が、、、ということで即入院。

猫も私も、絶体絶命というような状態に陥りました。

特にFIPですと伝染性ですから、他の猫たちにも

伝染している可能性もあり、とんでもないことです…。

 

この状況は、2年前、母の倒れた日と同じパターンです。

気づかないまま悪化させてしまった、私の責任。

また同じことをやっちまったか、自分💢!

 

そもそも猫は、よく吐くことは吐くけれど、

それは、この猫のような嘔吐とは違う。

嘔吐ということ自体が、不調のシグナルだったんだよ💢!

大事な猫に、なんてことをしたんだよ💢自分!

 

半年前の私なら、ここで「罪悪感」に思いっきり浸って

前に進めなくなるのですが、

今年はそこは十分学び、「罪悪感」は卒業しました。

 

 

罪悪感などのネガティブ意識に囚われると、

ロクなことはないということを、痛い思いをして学びました。

今はもう、気持ちを立て直して

「私がやれることは全てやります!」と宣言。

その上で、天に、神に、宇宙に、奇跡を祈ることに🙏

 

そんなふうに切り替えて、

エリザベスカラーを初めて付けた痩せ細った三毛猫を置いて、

やっとのことで帰宅しました。

 

しかし、あの子は死ぬわけは無い❗️

また、おそらくFIPでは無い❗️

これらを、根拠もないのに、なぜか確信していました。

 

(🐱すでに元気のなかった時期の三毛猫↓)

 

 

 

 

 

失ってから気づく「幸せ」でいいのか

とは言え、心は揺れます。

電話で、猫友さん相手に泣き言を言ってみたり、

動物病院で働いた経験のある友人にLINEで相談したり、

その晩は、心が千々に乱れました。

 

そして、あの子が死ぬなら私も生きていられない、という

おなじみの思考パターンが現れそうになりました。

 

切り換えました。

「あの子がたとえ亡くなっても、私は生きていく。」

 

しかし、強い心の痛みを抱えて生きるんだろうな。

「ああ、あの時、あの子が元気でいた頃は本当に幸せだった…」

などと嘆きながら生きるんだろうな。

 

失いかけて初めて、あの頃の「幸せ」を強烈に懐かしむのか?

「幸せ」とは、失ってからしか気づかないものなのか?

 

実際、父の死の際にも母を看取る際にも、

古くは初代猫、2代目猫の見送りの際にも、

似たような体験と似たような感情を味わっていました。

 

プロフィールにも書きましたように私は「死別」に弱いのです。

どなたも多少なりそうでしょうけれど、私の場合、

失って初めて父母への情を知り、猫の愛しさを再確認し、

後悔ばかりでしたから…怖いのです。

 

でも、それはどこか間違えています。

手遅れになって何か気づくのではなく、

そこを今世は予めスッキリ気づき、乗り越えることも意図して

スピリチュアルの学びを続けてきたはずでした。

 

2019年の末になって、三毛猫がその問題を

表面化させてくれたと感じました。

三毛猫と私は連動している、彼女は身体を張って

飼い主よ、今度は恐怖という意識の解放を学べ❗️」

と言ってくれているようでした。

 

(🐱3年前、ふっくらプックリしていた頃の三毛猫と先輩猫↓)

 

 

 

 

 

 

深夜、ガイドに訊ねたこと

幸せ」とは、何でしょうか。

失ってから、あるいは失いかけてやっと気づくものでしょうか?

もしそうなら、

人生、お先真っ暗、幸せ先細り…しかないことになります。

 

アレもコレも持っていた、そろっていた時は気づかず

無くして初めて、その大切さに気づく…。

 

「そんなの嫌だ〜!」と、三毛猫を失う想像をして

「恐怖」が表面化しました。

まだ、5歳2ヶ月の猫です。

 

( 🐱2年前。お風呂場でくつろぐのが好きな三毛猫↓)

 

 

 

 

 

 

そんな日の夜、いつものように就寝時に、

スピリチュアルガイドに訊ねました。

「幸せを、失うことで気づくのではなく、今すぐ感じるために、

 何を心がけたらいいのでしょうか?」と。

 

すると、返ってきた答えは大きく2点でした。

「その都度その都度、すでにある環境、起きている出来事に対して、それは有り難いことなのだと知ることです。当然ではなく、すべては有ることが奇跡、つまり有り難いのです。常に感謝の思いを忘れないでいましょう。

もう一つは、

今ここ…について、そろそろ知る時期です。大事だと気づきながらスルーしてきましたよね。今ここ、それが鍵です🗝」

 

という内容でした。

そうか! すべては「有り難い」=「奇跡」なんだね。

だからこそ「感謝が大事」と言われるんだよね🤔。

 

上から目線で意味も分からず「感謝しろ」と言われると、

ナニサ🗯!と反発しそうになるけれど、

有り難いことに気づけば、自然に感謝が湧き起こるんだね❗️

 

誰でもが言いそうな内容でしたが、

ガイドが言うなら……と深く納得し、

三毛猫と会えた幸せを喜びながら、また快復を祈りながら

眠りました。

 

 

「今ここ」について学び中

さらに、分かるようでまだ腑に落ちていなかった、

「今ここ」の意味について、

なぜそれが重大なのかについて、

今更ながら、学んでいるところです。

 

まずは、ずいぶん前に買っていたエックハルト・トール氏から。

毎日通った三毛猫の面会の待合室にて、じっくり読みました。

 

 

 

 

 

 

動画もたくさんあるようです。楽しみに観たいと思います。

(たいへん失礼ながら…なかなかお茶目な紳士です(⌒-⌒; ))

 

コレも、ずいぶん前に買っていたことを思い出しました💦

 

 

 

 

 

 

勉強途上の、この段階で気づくことですが

いわゆる「今ここ」…の

“ 今” は時間のことではなく、“ ここ”も空間のことではなく、

「ゼロポイント」とでも言う「地点」なのだろうということです。

 

別なある晩、またガイドに訊ねました。

「“ 今ここ” の地点(仮に“地点”と言っています)には

 すばらしいエネルギーが満ちているらしいけれど、

 どんな感じですか?」

 

すると、送られてきたのは

私の頭上に、一本の光の柱が立つイメージでした。

あるいはスポットライトを浴びているかのようなイメージでした。

 

“ 過去や未来は幻想だ” 、と言いますが、

過去も未来も一緒になって渦巻いて輝いているイメージでした。

その感覚はとてもパワフルで、興味深かったです☺️。

 

その“地点”においては、安心して

“ 幸せ” であることを確信できるのでした。

言葉が熟しませんが、さらに学びを深めて

また書こうと思います🙇‍♀️。

 

まとめ…幸せは意識しだい

こうして、三毛猫の重大な病気をきっかけに、

最後と思いたいネガティブ意識=「恐怖」を解放するため、

自分にできることはすべてします❗️と天に宣言したのち、

あれこれと手を尽くし、入院後1週間経ちました。

 

計4回の採血で、特に

2回目はもの凄い炎症反応数値になっており、

ステロイドの使用タイミングかも、輸血が必要かも、など

獣医さんも顔を曇らせていたのですが……。

 

その時、恐ろしい数値を見せてもらいながら、でも私は

「体内で白血球が懸命に戦っているんだよね(涙)」

と捉えました。一時的な数値だろうと…。

 

そして、8日目に面会に行った際、

もう食欲、便も尿も心配なさそうだ、

抗生剤がよく効いた、

恐ろしい病気の可能性はおそらく無いだろう…との診断が出て

なんと、もう退院でいいですよ…となりました(*´ω`*)!

 

「え? もう帰っていいんですか?」……みたいな。

何が起きたのでしょう?

 

無事に三毛猫は、家に帰ることができました。

獣医さん、宇宙さん、本当に有り難うございます❣️

 

 

 

 

 

私がしたことと言えば、

今回はもうダメだと思ったけれど諦めなかったこと。

ネガティブ傾向の強い報道やニュース、世間話などのあれこれを、

一切スルーしたこと。

ひたひたと迫りくる恐怖心をジャッジせず抱きしめ、

解放、手放しに努めたこと。

 

「今ここ」の意識を持つことに努めたこと。

「幸せ」は過去や未来にあるのではなく、

今ここで体験できるのだ、と確信したこと。

 

さらに、日本の神さまへの祈りと

密教系のご真言と

ポジティブなアファメーションを、

自分自身と猫の写真に浴びせ続けたこと、でした。

 

今もスヤスヤと、側で眠っている三毛猫。

1週間後に受診、経過観察は続きますし、

もしかしたら再発も有り得るのでしょうけれど、

きっと持ち直して長生きしてくれるだろうと思います😺。

 

必ずや、意味があって縁があって、

飼い主のところにやって来る、猫や犬、ペットたちです。

何気なく健康に無事に過ごせている、毎日の生活の中にこそ

ジンワリ染みるような幸せがあります。

 

もりもり食べているのを見るだけで、

ダッシュで走り回れるのを見るだけで、

硬くもなく柔らかすぎもせず排便💩できるだけで、

滞りなくしぶりもなく排尿できるだけで、

とても幸せだと知ることです。

 

(🐱脱水症状もあり痩せて寒そうなので、知人に勧められて、試しにあたたかいフリースを着用。静電気でちょっと無理でした、残念💧)

 

 

 

 

 

 

最後までお読みくださって、有り難うございます。

 

小さな出来事からも感じられる「幸せ」が、

皆さまにもペットさん達にも、外で生きている猫さん達にも、

あらゆる生きとし生ける存在たちに

たくさん降り注ぐ1日でありますように💫

 

皆さま、今日もどうぞ良き日をお過ごしください💞